横浜地方裁判所 平成元年(ワ)943号 判決 1989年9月25日
原告 アラルコン イマヌエル
被告 東京都
右代表者知事 鈴木俊一
右指定代理人 小沼文和
<ほか一名>
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、三万九九二八円及びこれに対する平成元年四月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 右1項についての仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する被告の答弁
1 主文同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求の原因
1(一) 原告は、肩書住所において柔道整復師を業とする者であり、柔道整復師の団体である訴外日本柔道整骨師会(以下「整骨師会」という。)に所属し、その会長である。
(二) 被告は、被告の老人医療費の助成に関する条例(昭和四四年一〇月一五日条例第一〇七号、以下「条例」という。)に基づき、六五歳以上の東京都民に対し、社会保険医療の自己負担金について医療助成費として、同額の金員を支給し、老人の福祉制度を実行している行政庁である。
(三) そして、被告は、条例に基づき、柔道整復師の施術にかかる健康保険等の医療給付についても、六五歳以上の者本人と自己負担金相当額の医療助成費の支給を行っていた。原告は、従来から、医療助成費受給の代理人として、被告に対し、所定の書式に従い、医療助成費支給の申請をし、被告の所要の審査を受けて、被告から医療助成費の送金を受け、その支給を受領してきたものである。
2 ところで、原告は、昭和六三年三月一日以降、被告に対し別表記載(一)ないし(一〇)のとおりの療養助成費受給者の代理人として、同記載の助成費支給の申請をしたところ、被告は、同日以降、突然従来の支給手続を停止し、原告に対し、何ら理由を示さずに、右助成費支給の申請書を返戻する措置(以下「本件返戻措置」という。)をとるようになった。
3 被告の本件返戻措置は、故意又は過失に基づく違法な措置である。
(一) 被告は、行政庁として、法律及び条例に基づき、国民に対し、平等の取扱をする義務があるところ、被告の本件返戻措置は、従来からの医療助成費の支給措置とは異なるものであるうえ、本件返戻措置は、原告及び整骨師会の会員の助成費支給の申請に対してのみされるものであり、柔道整復師会界で最大の団体である訴外社団法人日本柔道接骨師会(以下「接骨師会」という。)所属の会員の助成費支給の申請に対しては、従来どおり支給する措置がとられている。
(二) 右のとおり、本件返戻措置は、原告を接骨師会の会員と差別した違法なものであり、しかも、これは、公共団体の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについて故意又は過失に基づいてしたものであるから、被告は、民法七〇九条により、原告に対し、原告が被った損害を賠償する義務がある。
4 原告は、次の損害を被った。
原告は、本件返戻措置がなければ、昭和六三年三月一日以降、別表記載のとおり合計三万九九二八円の助成費の支給を受けることができたから、これと同額の損害を被った。
5 よって、原告は、被告に対し、右損害金三万九九二八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成元年四月二五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する被告の認否
1 請求の原因1(一)の事実は認める。
2 同1(二)の事実のうち、被告が条例に基づき、老人の福祉制度を実行していることは認めるが、その余の点は否認する。
3 同1(三)の事実のうち、原告が従来から被告に対し、所定の書式に従い、医療助成費支給の申請をし、被告が所要の審査をしていたことは認めるが、その余の点は否認する。
4 同2の事実のうち、被告が原告からの医療助成費支給の申請に対し、支給手続を停止したことは認めるが、その余の点は否認する。
5 同3、4の事実は否認する。
三 被告の主張
1 本件に関する被告の条例等の要旨は、次のとおりである。
(一) 対象者
条例による医療費の助成を受けうる者(以下「対象者」という。)は、東京都の区域内に住所を有する六五歳以上の者で、国民健康保険法(昭和三三年法律第一九二号)による被保険者又は老人の医療費の助成に関する条例施行規則(東京都規則第一七四号、以下「施行規則」という。)で定める社会保険(健康保険法・船員保険法・国家、地方公務員等共済組合法・私立学校教職員共済組合法等、以下「保険各法」という。)による被扶養者であって、一定額の所得を超えない者、生活保護や老人福祉法による老人医療費の支給を受けていない者等とされている(条例一条、二条)。
(二) 助成の範囲
助成の範囲は、対象者が療養の給付を受けたとき又は療養費の支給を受けたとき等に、自己負担すべき額(一部負担金として上限八〇〇円を除いた額)を申請に基づいて助成するものとされている(条例三条)。
(三) 助成の方法
(1) 医療費の助成は、助成する額を病院、診療所、その他の者(以下「医療担当者等」という。)に支払うことによって行う(現物給付方式、条例五条一項)。
(2) また、知事が特別の理由があると認めるときは(例えば、国民健康保険法により対象者にかかる療養費が支給されたとき等)、対象者に支払うことにより医療費の助成を行うことができる(現金給付方式、条例五条二項、施行規則九条)。
但し、対象者が柔道整復師の施術を受け、国民健康保険法又は保険各法による療養費の給付を受けたときは、対象者からの療養費の受領の委任を受けた場合に限り、柔道整復師は、接骨師会を通じて被告に対して助成の申請ができる(老人の医療費助成制度実施要領(昭和四四年一二月一日施行、以下「実施要領」という。)第六節第3)。
2 ところで、原告のした療養助成費支給の申請は、前記1に述べた申請要件を充足しないものであったから、被告が原告の右申請を受理せず、助成費を支給しなかったことは、何ら違法ではない。その理由は、次のとおりである。
(一) 原告の助成費支給の申請は、接骨師会を経由しないものであるから、前記1(三)(2)但書の実施要領第6節第3によることができず、また、柔道整復師については、前記1(三)(1)の現物給付方式は適用されず、結局、前記1(三)(2)本文の現金給付方式によらざるをえない。
そして、右のような現金給付方式による助成費支給の申請については、対象者が加入している保険本体(医療保険各法)からの保険給付を受けたことの証明である当該保険給付決定通知書を添付書類として提出して右申請をしなければならない取扱いがされている(実施要領第6節第2)。けだし、このような添付書類があってこそ、右申請について点検及び資格確認が可能であり、不正受給の防止、支給額の設定に役立ち、不備又は誤りがあったものについては訂正又は返戻処理が可能となり、事務の公正、適正が担保されるからである(実施要領第6節第3)。
(二) そこで、原告は、被告に対し、従来から療養助成費支給に申請については助成の根拠となる保険給付決定通知書を添付することを求め、昭和六二年一月二九日には被告との間で、右の点について確認した(乙第四号証)。そして、原告の本件における助成費支給の申請については、原告は、右通知書を添付せず、被告から再三にわたり、その提出を求められたが、これに応ぜず、その結果、被告は、右申請を受理できず、助成費の支払ができなかった。
(三)(1) 厚生省保険局長通達(柔道整復師の施術に係る療養費について」(昭和六三年七月一四日付保発第八九号)によれば、接骨師会所属の会員である柔道整復師については各都道府県と接骨師会との協定により、また、その他の柔道整復師については各都道府県との個別の契約により、それぞれその施術にかかる療養費の代理受領が可能となり、この場合には保険給付決定通知書の添付を要しないものとされた。
(2) しかるに、原告は、いまだ被告との間で、右契約を締結するに至っていないものである。
(四) のみならず、原告のした本件療養助成費支給の申請は、条例に基づき対象者からの療養助成費の代理受領を申請するというのであるところ、別表によれば、その施術者は訴外山本雪雄であり、同人と原告との関係が不明であるから、原告は、右療養助成費の請求主体としての適格性に欠けるものである。
四 抗弁
原告は、国家賠償法に基づき本訴請求をするものと解すべきであるところ、仮に原告が被告に対して同法による損害賠償の請求をしうるとしても、原告はフィリピン共和国の国籍を有するが、同法六条によれば、原告の本訴請求については、フィリピン共和国においても日本人が同様の被害を被った場合に日本人がフィリピン共和国又はその公共団体に対して損害賠償の請求をしうる旨の相互保証の要件が具備されていることを求めている。しかるに、フィリピン共和国においては、日本人に対しても適用される国家賠償法に相当する法令がないから、わが国との間には相互保証の要件が具備せず、原告の本訴請求は失当である。
五 被告の主張及び抗弁に対する原告の認否
1 被告の主張1(一)、(二)、(三)(1)の事実は認める。同(三)(2)の事実は争う。
2 同2冒頭の事実は否認する。同2(一)の事実のうち、原告の助成費支給の申請が接骨師会を経由しないでされたものであることは認めるが、その余の点は否認する。同2(二)ないし(四)の事実は否認する。
3 被告の抗弁事実のうち、原告がフィリピン共和国の国籍を有するものであることは認めるが、その余の点は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一1 請求の原因1(一)の事実は、当事者間に争いがない。
2 請求の原因1(二)の事実のうち、被告が条例に基づき、老人の福祉制度を実行していることは、当事者間に争いがない。
3 次に、条例による医療費の助成を受ける対象者、助成の範囲については、被告の主張1(一)、(二)の事実のとおりであることは、当事者間に争いがない。
4 次に、助成の方法については、右当事者間に争いのない事実と《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 医療費の助成は、助成する額を医療担当者等に支払うことによって行う(現物給付方式、条例五条一項、右事実は、当事者間に争いがない。)。
(二) また、知事が特別の理由があると認めるときは(例えば、国民健康保険法により対象者にかかる療養費が支給されたとき等)、対象者に支払うことにより医療費の助成を行うことができる(現金給付方式、条例五条二項、施行規則九条)。
(三) 但し、右(二)の場合に、対象者が柔道整復師の施術を受け、国民健康保険法又は保険各法による療養費の給付を受けたときは、対象者からの療養費の受領の委任を受けた場合に限り、柔道整復師は、接骨師会を通じて、被告に対し、助成の申請ができる(実施要領第六節第3)。
(四) 被告の主張2(一)、(二)、(三)(1)の事実(但し、原告の助成費支給の申請が接骨師会を経由しないでされたものであることは、当事者間に争いがない。)。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の事実によれば、療養助成費の支給に関する条例、施行規則、実施要領の定めは、この点についての事務の適正を担保するための合理性を有するものというべきである。
5 次に、請求の原因1(三)の事実のうち、原告が従来から被告に対し、所定の書式に従い、医療助成費支給の申請をし、被告が所要の審査をしていたことは、当事者間に争いがない。
二 次に、《証拠省略》を総合すれば、原告は、昭和六三年三月一日以降、被告に対し、別表記載(一)ないし(一〇)の療養助成費受給者の代理人として、同記載の助成費支給の申請をしたところ、被告は、支給手続をせず、右助成費支給の申請を返戻するという本件返戻措置をとったこと(被告が原告からの療養助成費支給の申請に対し、支給手続を停止したことは、当事者間に争いがない。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
三 ところで、原告は、被告がした本件返戻措置が違法である旨主張するので、検討する。
1 原告の右療養助成費支給の申請が接骨師会を経由しないでされたものであることは、前述のとおりである。
また、《証拠省略》を総合すれば、原告は、各都道府県との間で、個別的契約により、その施術にかかる療養費の代理受領を承認されたものでもないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
更に、原告のした右療養助成費支給の申請は、原告が条例に基づくとして、別表記載(一)ないし(一〇)の対象者からの療養助成費の代理受領を申請するものであること、右対象者についての施術者がいずれも山本雪雄であることは、原告の主張に徴し、明らかである。
2 以上の事実によれば、原告は、被告との間で柔道整復師の施術を受けた対象者からの療養助成費の代理受領を承認されたものではなく、また、右対象者からの療養助成費の受領の委任を受けたものともいえないので、条例、施行規則、実施要領に基づき、右療養助成費支給の申請をしたものとは認めることができない。
以上述べたところによれば、被告が原告の右療養助成費支給の申請を受理せず、本件返戻措置をとったことは、何ら違法ではないというべきである。
3 以上の次第で、原告は、本件返戻措置について違法を主張しえないものであるから、原告の前記主張は採用することができない。
四 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきである。
よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤榮一)
<以下省略>